異世界な隣国

4年 A. S.

ロシアに関心を持ったきっかけは何だったかな、と考えると即座に返答することがなかなか難しいのですが… 小学生の頃に、「旧ソ連」という文言を見て、「ソ連ってなんだ?! しかも「旧」ってついてるし!」と感じたことがきっかけだったかなあと思っています。この衝撃以来、自分の知っている世界とは全然違った社会がこの世には存在するのだという事実の持つ、ある種のエキゾチックさのようなものに心惹かれるようになりました。しかしそのような関心を持ちながらも、なかなかこの面白さを共有する機会も得られないもので、大学入学ののちに日露学生交流会を発見して、恐る恐るその扉を叩いた結果、思いがけず様々な発見に遭遇するに至る、といったところでしょうか。

さて、個人的なロシアとの馴れ初めはこんなものですが、話のネタとしては自分とロシア人とのこれまでの交流の中で印象深かったものをご紹介したいと思います。

ソビエト労働者のおばあちゃん

ロシア人の友人おばあちゃんに挨拶をした時のこと。おばあちゃんは自己紹介で「私はソビエトの労働者だ。ソビエトの工場で二十数年働いた」と挨拶をしてくれた。日本ではなかなか見ないタイプの自己紹介だったので新鮮である。また、そのおばあちゃんはせっけん工場で働いていたそうなのだが、亡くなられたおじいさんはそのせっけん工場の地下にあった兵器工場で働いていたと耳打ちする友人。「たぶん核兵器の濃縮工場だろうね。せっけん工場はそのカモフラージュで、おじいさんは放射性物質の管理で早くなくなってしまったのだと思う」とのコメント。これがロシアか!と実感する、現地ならではのイベントだった。

スターリン時代のアパート

ロシアの典型的な街では、ソ連時代のフルシチョフ期、あるいはブレジネフ期に建てられたアパートが今も現役である。とりわけ市街の中心部では、戦前の古い建物が残っているところも少なくない。その中の一つ、スターリン時代のアパート(なんと現役、しかしボロい!)でシェアハウスをする友人を訪ねたときのこと。薄暗い階段を昇ると足音がよく響く。そんな中、友人が語る。「スターリンの時代には、この階段を昇る足音がするとみんなが耳を澄ませる。そしてノックされた扉の住人は一緒に降りていくのだけれど、二度と帰ってこない!! これがロシアンジョークだよ、haha」 ジョークになってない…。それにしてもロシア人が言うと何とも重みが違うことだ。

以上、簡単なエピソード紹介でしたが、こう振り返るとロシアとの出会いは自分にとって想像していた以上のものを与えてくれたように思い、また日露学生交流会もそれを探す場としてはなかなかいいところだったのではないかな、と感じるところです。もし上に記したようなロシアとの出会いに関心があれば、会の交流をちょっと覗いてみるのもいいかもしれませんね!

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